イスラムアート紀行

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甲冑に見る装飾的工芸美&イスラム・ウオーリア (japanese armor & islam warrior)

今回の話題は、変わり種。「甲冑(かっちゅう)」です。イスラムアート紀行でなぜ甲冑??
自分でもこういうテーマでブログを書くとは思ってもいませんでした。歴史小説も読まず、時代劇などもほとんど見たことがなく、全般に戦闘シーンは苦手。博物館などでも武具関係は足早に通り過ぎます。

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(東京国立博物館にて。絵画の一部)

きっかけは、家々に眠るボタン、でした。手先不器用な私ですが、衣料を処分するときには、エコ心なのか気がとがめ、ボタンを外して保存していました。元々なぜかボタンが好きで、ボタン専門店で衝動買いを繰り返してしていたこともあり、保存袋にはたくさんのボタンが眠っています。
ある時ふっと、手仕事しない自分がこうなのだから、多くの人は同様のことをしているのではないか、と思いました。そして知人友人に聞いてみたところ、やはり多くの人が「ボタンは外し、ビンやカンに入れて持っている」と言うのです。しかし、このようなボタンが再利用される確率は限りなくゼロに近いでしょう。

ペットボトルの蓋で車椅子を送る、という運動がありますよね。廃棄物を免れた、でも次の出番のないボタンたちも、一つ一つは小さくても集まれば何かになるのでは、そこから何か活動が生まれるのでは、と、ふと思い、一時期、いろいろ考えたり調べたりしました。
リサイクルの方向=ボタンの素材は様々であり、分別が難しく、リサイクルに適していないようです。
チャリティの方向=再利用したモノを販売して、その利益を必要とするどこかに寄付。あるいは、ボタンそのものを、必要とするどこかの地域に送る。う〜ん、どうもピンときません。
モノを作る方向=アクセサリー、ヘア関係、バッグ装飾、ボタンのれん、までは思いつきます。あるいは多くの人でボタンオブジェを作り、環境問題をアピール。う〜ん、ピンときません。

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(当世具足を身に着けた侍の手彩色写真。フェリス・ベアト撮影(1860年代)/wikipediaより引用)

そんななか、「ボタンで何を作るのが一番いいだろうね」に対して、即座に「鎧!」と答えた人がいたのです。女性です。「さすがTさん!発想がすごい」「たしかに素材的には生きるね」などと会話がはずみました。

それからしばらくして、「ボタンで鎧、っていう女性がいたんですよ〜」と世間話的に話をしたのがT氏。するとT氏、即座に、「僕たちも以前考えたことがあったんだよ。ぜひ進めてみたらどうか」、、え〜、、そういうつもりでは、、
T氏こそは、甲冑の専門家。オリジナル甲冑作りの教室などもなさっています。「サンプルを送ってあげる」とのことで、早速に宅急便で登場したのが立派な「モバイル甲冑」(本物に近いが軽量仕様)、、、

Tさんに型紙を取ってもらい、いつでも製作できるようにはなっているのですが、、どうしよう、、ボタンどうやって集めよう、どこで作ろう、どんなふうに作ろう、っていうか、、流れとはいえ、「ボタン甲冑作ってどうしよう、、」

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(甲冑/古墳時代、5世紀/主に4世紀の縦長の鉄板を重ね合わせた短甲と5世紀に量産された細長い帯金に複数の三角形や長方形の鉄板を裏重ねした短甲がある。鉄板は小型から大型化する/東京国立博物館にて/重そう!動きにくそう、、)

頭の隅にいつも甲冑があるようになりました。博物館や美術館でも、甲冑の前で足が止まります。仕方なく見ていると、鉄、皮革、漆、組紐、染織など、甲冑を構成する工芸の驚くべき見事さに気づくようになりました。戦闘のための武具でありながら、装飾美を極めている。この世界はなんなんだ!!

今は驚いているばかりで、甲冑について何か書くことはできません。資料を読んでも、基本がわからないので、なかなか入ってこないのです。以下、引用です。

「甲冑は、主として刀剣や弓矢を用いた戦闘の際に兵士が身につける伝統的な防具である。日本においては古代には埴輪や古墳の出土品などに挂甲や短甲など大陸の影響の強い甲冑が見られるが、平安時代における武士の出現とともに大鎧という独自の甲冑がみられるようになる。日本の甲冑はその後の武器の変遷や戦闘形式の変化により常に改良が加えられながらも一定の特徴を有していたが明治維新による武士階級の消滅や軍備の近代化にともない実用に供されることはなくなった。 現代では古美術品、工芸品的、歴史資料的性格をもっている。日本の甲冑は、世界の防具と比較しても彩りが豊かで美しいが、中世、近世において武士が常に権力の中枢にあったことや、特に戦乱の無い江戸時代において一部の上級武士が象徴的に珍重したためであって、その時代の鍛鉄・皮革・漆工芸・金工・組紐など様々な分野の技術を駆使して製作されているためである」(wikipedia)

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(紺糸威(おとし)二枚胴具足/17世紀/全体を黒地に紺糸でまとめ兜の前立てには鍍金の輪貫(わぬき)、胸の鐶(かん)の座には七宝の花輪違い文の金物、篭手には金箔押し透漆かけとした白檀塗の金物を用いている。遠州流の茶道の祖として知られる小堀遠江守政一所有として小堀家に伝来した具足/東京国立博物館にて)

「戦国時代の甲冑は、身分相応の格式をもち敵の攻撃を防ぎながら戦闘中の激しい活動にも耐え、炎天下や風雨にさらされる事から、堅固・軽量・活動しやすく・着脱が容易・立派で格式をもつ、などの条件が要求された。その時代の戦闘形式に応じて工夫が重ねられた甲冑・武具とは、金工・皮革・漆工・染職人・甲冑師たちの集大成であり、我が国が世界に誇れる素晴らしい工芸品である。職人たちが心を込めて作り、またこれを着用した武者の勇姿を想い浮かべながらご覧頂きたい」(川越歴史博物館サイトより)  

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(茶糸威四枚胴具足/19世紀、江戸時代/兜は鉄地で正面に繭形を打ち出した蒙古鉢風で、山勢いの立物と言われる菊桐唐草透の頭立(ずだて)を付ける。胴は短冊系の札(さね)をかわ包黒漆塗とし両脇を背面中央に蝶番を入れた珍しい四枚胴で全体を茶糸で威す/東京国立博物館にて)

頭が甲冑化しているところに、「週刊 戦国甲冑をつくる」の大々的な広告も飛び込んできました。これは、毎号付属のパーツを組み立てて戦国武将の伊達政宗の甲冑(1/2スケール)が完成する、というもの。「同甲冑は、黒一色の五枚胴と黄金の弦月を戴く兜が特徴的な具足で、その美しさと堅牢さを兼ね備えたスタイルは、戦国甲冑の中でも高い人気を誇っている。
同シリーズで完成する甲冑は、金属、皮革、麻布、正絹の布や組紐、馬毛など、素材も当時に限りなく近いものを使用し、本物の甲冑の工法を随所に用いながら組み上げていく、今までにない本格的な甲冑模型」なのだそうです。は〜、、

心まで甲冑化してきたところに、「赤鎧を着て大阪城天守閣周辺で清掃活動等を行っている」団体の記事が飛び込んできました。「大阪城甲冑隊」は紙製の自作鎧兜を制作した人達によるNPO。「赤い鎧を中心に制作して着用」し清掃活動を展開。鎧で心もキリリと引き締まるのかもしれません。

しかし、、我らがT氏の「モバイル甲冑」も、女性が着るとマニッシュなチェニック的で、ものすっごくお洒落なのですよ〜。サイズも自由で誰でも着られます。これ流行るかも!!

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(モバイル甲冑を着用)

日本の甲冑の装飾美にはクラクラしますが、イスラム世界の戦士はどのようなスタイルなのでしょう。これまであまり見なかったページを、恐る恐る開いてみました。

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(エジプト・ファーティマ朝の戦士/11世紀/槍や刀を持っている/『ISLAM』より引用)

こういうときこそ細密画が威力を発揮。武将ティムールが描かれていました。意外と軽装な印象です。実際はどうだったのでしょうか。

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(ティムールによる包囲、アナトリア・SMYRNA、1402年/つり上げ橋が上げられているがムスリム戦士たちは別の橋を作っている。他の戦士は木製の盾の向こうの壁に向かい走って行く。右上には鉱物が採取されている様子が描かれている。ティムールは右下で馬に乗った姿が描かれている/『ISLAM』より引用)

上の細密画と同時代です。かなりしっかりした装備です。

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(イスラム戦士/1425年/左に刀、右に弓、背に矢筒、右手に槍を持つ/『ISLAM』より引用)

けれども、甲冑に関しては、日本の装飾美、工芸美が圧倒的にすごいような気がしてきました。武士の衣装もまた、とんでもなくお洒落度で突き抜けていますよね。
平和に感謝しつつ、ちょっとこのあたり、気をつけて見ていきたいなと思うこの頃です。
by orientlibrary | 2011-01-24 22:02 | 日本のいいもの・光景