イスラムアート紀行

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桜舞う夜のアフガニスタン伝統音楽コンサート

「ウスタード」(マスター)の称号を持つアフガニスタンの国民的歌手グルザマンさんと日本の音楽家(チャルパーサ)のコラボレーションによるコンサートが、東京中野の包(PAO)でおこなわれました。(国際交流基金の文化招へいプログラムによる音楽交流会の一環)

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(グルザマンさんとチャルパーサのおふたり。パーカッションの女性の衣装がキレイでお人形みたいにかわいかった。バックのキリムがいいですよね〜!床にはアフガントルクメンの赤い絨緞。こうでなくちゃ!!)

まず第一に大きな拍手を送りたいのは会場演出です。会場全体に赤い絨緞を敷き詰めての座るスタイル。ステージには大きなキリムが飾られています。シンプルな縞模様がとっても粋でした。観客も感触の良い絨緞に腰をおろし、リラックスして音楽を楽しめます。

音楽にとって、演出はとっても大事だと思います。コンクリートの壁と織物が一枚ある壁では全然違う。安物のカーペットと本物の絨緞では全然違う。華美な演出というより、音楽が生きる空間を、と願うことが多いです。だから今回は大正解で、うれしかった!

比較して、先日ひょんなことからボブ・ディラン(アメリカのフォークシンガー、今年68歳)のライブに行くことになったのですが、会場はクラブで、しかもオールスタンディング。見えないかもとは思っていましたが、前の人たちの身長が高く一切何も見えませんでした。なので1500人くらいいた会場で、私だけ床に座って聴いていました。苦行。シニアファンも多いんですから、みんなキツいですよ。アメリカ的立つ文化発想なのかな。でもコンサートって、今はみんな立ちますよね。どうしてああなってしまったんでしょう。インドやアフガン音楽のように、演奏家も観客も座してくつろいでゆっくりとしたペースで音楽を楽しみたいと思うのは私だけ?プラス踊るスペースがあればいい。もっと好きに聴きたい。(ロックだってしみじみ聴いてもいいと思う。オーディエンスの表情が印象的なこのライブ映像「Janis Joplin -Maybe」☆) 

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(楽士たちをお出迎え)

座して聴くグルザマンさんの歌、ラブソングと平和への想い。「ぼくの村の泉に瓶を持って水汲みに来ておくれ」とか「彼女のお母さん、ぼくの想いを娘さんに伝えてください」とか、素朴なラブソングを丸みのあるやわらかい声で披露。平和を願う歌のときには、奥行きのある力強い声で、人生経験の深さを感じました。

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(緑のスカーフがよく似合うグルザマンさん。スカーフはアフガンイベントでおなじみの「渋谷のパパ」アミンさん(シルクロードの占い師)からのプレゼント☆)

イスラムの旗のもとに、音楽や踊りを禁止する人たちがいますが、音楽や踊りは人生に寄り添うようにあるものだと思います。音楽を禁ずるのは人生を奪うに近いのではないかと思います。今回のコンサートでいっそうその思いを強くしました。

国家からウスタードの称号を授与されているグルザマンさんであっても、かの国にあって順風満帆な人生を歩んだとは思えません。60代くらいかとお見受けしましたが、体制の変化や内戦に辛い思いをされたことも多々あったでしょう。

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(MAZAR-E- SHARIF/MOSQUE/1480 AND 1963/1963は修復でしょうか。王制の時代ですね/『COLOUR AND SYMBOLISM OF ISLAMIC ARCHITECTURE』よりトリミングして引用)

平和の歌の紹介のとき、通訳の方(在日アフガンの方?)が「国外にあっても平和を願う気持ちは、、」と言ったあとが続かず、こみあげるように目を真っ赤にされていました。今だ混迷するアフガニスタンを思うと、胸に迫るものがありました。

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(楽器。グルザマンさんの弾き語り)

会場には、宝塚・アフガニスタン友好協会の西垣さんの姿も。「先日帰って来たところなの」と、さらっとおっしゃっていましたが、タイル見たい、行きたい、でも行けないよね、という私と大違いで、西垣さんは即行動。かつ上品で知的。かっこいいです!

*宝塚・アフガニスタン友好協会=2006年に毎日国際交流賞受賞=受賞理由「日本で大きく取り上げられることがほとんどない時代から支援を続けた。タリバン政権時代にも、政治と距離を置いて人道支援に徹する活動が評価され、入国が許されていた。「難民に毛布を」キャンペーン、ミシンを使った女性の自立プロジェクト、隠れ学校、孤児院の整備、「片足の少女に義足を」キャンペーンなど、その活動は常に現地の思いをくみ取り、成果を上げてきた。アフガン戦争後も、女性たちの学問への思いを受け止め、女子トイレや寮などの建設に取り組む。さらに内戦時代は望むべくもなかったスポーツ環境の向上にもいち早く着手し、サッカー場を整備。若者の交流の場を提供した」/その後も東部のジャララバードにあるナンガルハル大学教育学部女子寮を建設。専門書や辞書などの備品を届ける活動などを続けている。ホームページはこちら

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(HERAT/FRIDAY MOSQUE/1200-1498-1964/ヘラート、行きたい!!『COLOUR AND SYMBOLISM OF ISLAMIC ARCHITECTURE』よりトリミングして引用)
by orientlibrary | 2010-04-03 00:28 | ウイグル/アフガン